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今後の展望

このページは、当社がいま考えていることを、結論が出る前の段階から日付とともに記していく場所です。ITコンサルティングの方向性、新しい領域への関心、新規事業の構想──テーマを問わず、同じページに時系列で追記していきます。数字や成果が出たテーマは、あらためて独立したページに切り出す予定です。

※ ここに記す内容は検討中の構想やアイデアであり、現在提供中のサービスを示すものではありません。考えが変わったときは、変わったことも含めて記録します。

二つの極端は、同じ作り方をしている

電力の話を一通り調べ、数字も一次資料に当たり直したあとも、ずっと引っかかっていたことがある。AIを使いこなしたいならいまは使うのを控えるべきだ、電力が足りていないのだから──そうした趣旨の言い方を、ときどき見かける(特定の個人や投稿を指すものではなく、複数見かける言い回しを筆者の言葉でまとめたものです)。

前提のほうは、まったくの的外れではない。局所的には余裕の薄い断面が実在するからだ。東京エリアの夏の予備率(2026年3月時点で公表された見通しでは、断面によっては評価基準の3%を下回る。ただし同じ資料は、kW公募を見込めば3%を上回る見通しとも記している。前提と出典はテーマページに記した)、世界で2,500GWを超えるとされる系統接続の待ち行列。逼迫や詰まりは実在する。引っかかるのは、そこから「使うな」が出てくるところだ。制約が系統と立地にあるなら、個人が一回我慢しても接続待ちの列は進まないし、真夏のピークも動かない。処方箋が病名に対応していない。

それにこの形の議論は──前述のとおり筆者による要約ですが──目的と理由が別の軸に乗っているように見える。習熟は、実際に使いながらでないと身につきにくい。電力を理由にするなら、そこから出てくる結論は「使うな」ではなく「無駄な使い方を減らす」のほうではないか。少なくとも電力の議論としては、理由と結論がつながっていないように感じた。

ただし、ここで「だから心配ない」と言い返したくなるのを、ぐっとこらえた。それをやると同じ間違いを鏡写しでやることになる。条件つきの数字から条件を外す、という操作は同じで、向きが逆なだけだ。実際、「AIが電力を食い尽くす」も「全体から見れば誤差だ」も、同じ資料から切り出せてしまう。自分でそう書いておきながら、都合のいいほうに乗るわけにはいかない。

では何を物差しにするか。制約が「総量」にあるのか「場所と時間」にあるのかを先に見分けること。そのうえで、使う・使わないの二択ではなく「何を置き換えたか」で見ること。置き換え元を問う、というデコ活の線引きがそのまま使えた。症状ではなく制約条件を先に特定するというのは、要件定義で最初にやることでもある。

この整理を「AIと電力」に「二つの極端の、どちらにも乗らない」という節として足した。あわせて、供給側や都市の暑さを書き足したのにページ冒頭がそれを予告していなかったので、導入も直した。いまのところ一番正直な言い方は、「電気が枯渇する心配」ではなく「間に合うかどうかの心配」だ、というあたりだと思っている。

作ってみたら、削ることになった

一週間前に書いた歴史音声ガイド構想を、実際に作ってみた。位置を取り、一件読み終えるまで割り込まず、読み終えてから次を選ぶ——机の上で決めた直列の設計は、実機でもそのまま成立した。音声合成は端末内で完結させ、位置情報を外に送らない設計のまま案内が組み上がった(端末内の音声が確認できないときは読み上げない作りにしている)。移動しながらの試験もして、近づくと語りが始まる体験には、たしかに点が線になる感触があった。

転んだのはその後だ。画面を消しても案内を続けようとして、スマートフォンの「裏で動き続ける」仕組みに踏み込んだところ、アプリが起動できなくなる不具合を繰り返した。調べていくと、使っている部品の既知の問題に行き当たった。同じ場所で転んでいる報告が、いくつも集まっていた。修正を当てて動くところまでは持っていけたが、そこで立ち止まって考えた。

結論として、機能ごと削ることにした。裏で動き続ける仕組みを丸ごと外し、案内中は画面を点けたままにする。構想の段階で「仕組みを足すのではなく減らすことで、測位の誤差にも強くなる」と書いたが、作ってみると、足すか減らすかは一度足してしまった後にもう一度問われる。動いているものを削るほうが、最初から作らないより難しい。

あわせて、案内の単位も「コース」から「区」に変えた。決められた順路を歩いてもらうのではなく、その区にいれば近くのものから順に語られる。順路を設計するのは提供側の都合で、歩く人は寄り道をする。範囲だけ決めて順序を手放すほうが、この企画の性格に合っていると思う。

原稿は、書いた分をすべて、出典との突き合わせ待ちの状態で管理している。この下書きを含む試験版(β)を、検証中である旨を明示したうえで配布することにした。次は、削った後の形でもう一度歩いて確かめる。

教科書で習った出来事を、その場所で聴けないか

思いつきから始まった。スマートフォンの位置情報から現在地を取り、その周辺にゆかりのある歴史を音声で流すアプリは作れないか。技術としては手が届く範囲に見える。位置情報も、音声合成も、周辺の情報を探す仕組みも、部品としては出そろっているように思う(実際に組み上がるかは、これから確かめる)。

考えを進めるうちに、面白いのは技術ではないと分かってきた。何を話すかより、何を話さないかのほうが効く。近くにあるものを片端から読み上げれば、ただの騒音になる。そこで扱う範囲を「小中高の教科書に出てくる水準の出来事」に絞ってみた。すると企画の性格が変わった。網羅ではなく選抜になり、狙う感情が「へえ」から「あ、教科書で見たやつだ」に変わる。

対象も、子どもではなく大人に置いた。大人が忘れているのは単語ではなく、出来事どうしのつながりのほうだと思う。名前だけなら出てくるのに、何がどう連なって次の出来事を呼んだのかは抜け落ちている。そして東京では、教科書の上では別々の章に分かれていた出来事の舞台が、狭い範囲に重なっている。章をまたいで分断されていたものが、土地の上を移動すると一本の線になるかもしれない。ここが賭けどころだと考えている。

設計で一番厄介なのは、何を・いつ話すかの制御だった。ここは割り切りで解けそうだという感触がある。一件を読み終えるまで割り込まない。読み終えてから改めて現在地を取り、次を選ぶ。この直列の形にすれば、位置情報の常時監視も、再生中の優先度の比較も要らなくなるはずだ。仕組みを足すのではなく減らすことで、測位の誤差にも強くなると見ている。移動手段の判別も、速度だけでは自動車と自転車が重なりうると整理したので、当面は利用者に選んでもらえばよいと考えた。いずれも机の上での見立てで、確かめるのはこれからだが、作らないと決めることのほうが設計を前に進めている。

似たものが既にあるかは調べようとした。ただ、この環境では外部サイトを開けず、得られたのは検索の要約だけだった。一昨日の反省がそのまま効いていて、要約に出てきたアプリ名や機能を、読んでいないページを出典として書くことはできない。競合の実態は未確認のまま置いておく。分からないことを分からないまま残せるようになったのは、たぶん前進のほうだと思う。

構想は歴史音声ガイド構想としてまとめた。名前はまだ決めていない。学びのテーマの下に置いたのは、「学びの場に返す」の相手を学生に限らず捉え直したものだからだ。次は範囲をもっと絞って区間をひとつ試作し、実際にその道を歩いて確かめる。点が線になる手応えが本当に生まれるのかは、机の上では分からない。

引用してきた数字を、全部おおもとに当たり直した

前日に書いた東京の気温の話で、出典として貼った環境省の資料に、載せた数値が存在していないことが分かった。原因を辿ると、数字を作り出したわけではなかった。Web検索が返すのは「リンクの一覧」と「全体を要約した文章」の二つで、要約の記述がどのリンクに書いてあったかは保証されない。その二つを勝手に結びつけて出典として示していた。数字は要約に実在したので、こちらとしては引用したつもりでいる。やっていたのは出典の捏造だった。

同じ経路で入った引用が、このテーマにはほかにも大量にある。そこで、AIと電力のページとこのジャーナルに書いた出典つきの記述を洗い出したところ、35件あった。一次資料を手元に用意して、全部を原文と突き合わせた。

16件が何らかの形で誤っていた。3件に1件を超える。内訳を見ると、傾向がはっきりしていた。数値が違うものより、対象や単位や因果がすり替わっているもののほうが多い。「米国の需要増の約半分」が「日本の需要増の過半」になっていた。「Emberの集計」が「IEAの集計」になっていた。太陽光の「発電量が636TWh増えた」が「設備容量を647GW追加した」になっていた。数値も単位も指標も違う。別の国で起きた停電の原因が、イベリア半島の停電の原因として混ざっていた。

いちばん質が悪いと思ったのは、資料の結論を反転させていたものだ。国内の需給見通しについて「東京エリアで予備率3%を下回る」と書いていたが、原文は「下回るが、kW公募を見込むことで3%を上回る見通し」だった。同じ一文の後半を落とすだけで、意味が逆になる。数字は合っているので、数字だけ照合しても見つからない。

確かめられなかったものは消した。消したうち2件は、あとから一次資料が手に入って、正しい出典と正しい値で戻せた。削除は「間違いと確定した」ではなく「確認できていない」という意味だと、自分の中でも整理がついた。

このジャーナルの過去のエントリも、数値を含む記述を書き換えている。日付つきで残す記録を遡って直すのは本来避けたいが、誤った数字を残したまま「当時はこう書いた」と保存する選択肢は取らなかった。訂正した事実をこのエントリに残すことで代える。

作業を通していちばん効いたのは、環境が外部のサイトに接続できず、検索の要約しか読めないという制約だった。制約そのものより、それを分かったうえで数字を書き続けていたことのほうが問題だった。「未検証です」と注記を添えても、読み手に届くのは注記ではなく数字のほうだ。PDFやスクリーンショットを渡してもらえば全文を検証できると分かってからは、書く前に一次資料を頼むようにした。順番を変えただけで、詰まっていたものが動いた。

この一件は運用ルール(CLAUDE.md)にも書き足した。読んでいないURLを出典として貼らない。検索結果が矛盾したら選ばずに報告する。数値を扱うページは書く前に一次資料を用意する。レビューで指摘された事実関係の問題は、軽微に見えても公開を止めて解消する。抽象的な原則だけだと読み飛ばすので、何が起きたかを日付つきで併記してある。

この暑さはAIのせいなのか、を確かめた

毎年夏になると同じことを言っている気がする。今年も暑い。年々上がり続けているのか、それとも去年の暑さを忘れているだけなのかが気になって調べはじめたら、そのまま先日のAIと電力の話に接続してしまった。

気温のほうは実感どおりだった。気象庁の資料(1929〜2025年の観測に基づく100年あたりの変化率)では、東京の年平均気温の上昇は約3.5℃、都市化の影響が比較的小さい国内15地点の平均は約1.8℃/100年で、同資料はこの差を、おおよその見積もりとして都市化による影響とみることができるとしている。これがヒートアイランドだ。環境省の資料は、その要因を地表面被覆の人工化・都市形態の高密度化・人工排熱の増加の三つに整理している。同資料が示す人工排熱の内訳の推移(2000年代半ばまで)では、かつて大きなウェイトを占めていた工場からの排熱が減少を続ける一方、建物からの排熱は増加を続けているという。東京の暑さは、地球規模の温暖化と都市化の二階建てになっている。世界平均の話を聞いてもピンとこないのに体感がきついのは、そのぶんが乗っているからだった。

では、自分が毎日使っている道具はここにどう効いているのか。IEA『Energy and AI』では、データセンターの電力消費に伴う間接的なCO2排出は2024年で約1.8億トン、燃焼由来のCO2のおよそ0.5%とされ、ベースケースでは2030年でも1%前後の見込みだ。しかもこれはデータセンターの全ワークロードの合計で、AIはその部分集合にすぎない。伸びの速さは前に確かめたとおりだが、これまでに積み上がった気温上昇を説明できる量ではない。気温は累積の排出で決まるのに対し、データセンターの排出がこの規模で語られるようになったのはここ十数年でしかない。「今年が暑いのはAIのせいだ」とは、公開資料からは言えなかった。

判断に迷ったのは、排熱が周辺の街を暑くしているかという局所の話のほうだ。ここは、いまも定まっていない。

いちばん引っかかったのは因果の向きだった。調べる前は「AIが増える→暑くなる」の一方向で考えていた。実際に先に効きそうなのは逆で、猛暑そのものが冷房需要を押し上げ、電力のピークを厳しくする。先日書いた系統の制約と、そのまま繋がる。暑い夏は、AIを使う側にとっての制約でもある。

テーマページ「AIと電力 ── 使う側から考える」に「その熱は、街を暑くしているのか」の節を足した。書き足したのは、言えることよりも言えないことの線引きのほうだ。今回は、確かめる時間の大半がそちらに要った。

電気は足りているのか、を供給側から確かめた

昨日AIと電力のページを公開して、書き終えてから引っかかっていたことがある。需要の話しかしていない。使う量の見通しは並べたのに、それを支える側がどうなっているのかを確かめていなかった。

結論から書くと、公開資料を並べる限り、世界全体の発電量としては足りる見通しで語られている。ただし「地球全体をひとつの系統とみなせば」という条件つきだ。電気は在庫が持てず、送れる距離にも限りがあるので、需給はエリアごと・時間帯ごとにしか成立しない。世界の総発電量が総需要を上回っていることと、真夏の夕方に特定の地域で電気が足りることは、別の問題になる。

ここ数年、世界の電力需要は伸び続けているが、供給はこれに追いついてきた。Emberの集計では2025年の伸びは2.8%で、2024年の4.3%を下回り、過去10年の平均(2.7%)並みだった。2021年から2022年にかけてのエネルギー危機も、発電設備の不足ではなく燃料の価格と調達の問題として語られてきた。そして2025年には、Emberの集計で、太陽光の発電量が過去最大の636TWh(30%)増えて世界の電力需要の伸びの75%を単独で満たし、再生可能エネルギーの発電シェアが33.8%と初めて3分の1を超えて石炭を上回り、化石燃料由来の発電量は0.2%減と横ばいに転じたという。ただし同じ2025年について、IEA『Electricity 2026』は再エネが石炭に「ほぼ並んだ」と書いていて、上回ったとまでは言っていない。同じ年の同じ事象でも、機関によって言い方が違う。増える需要を、増える再エネがちょうど吸収した年だ。

この先も、発電量そのものは足りる見込みで語られている。IEAが2026年2月に出した『Electricity 2026』では、2030年までの需要の伸びは再エネ・天然ガス・原子力で賄われるとされ、低排出電源(再エネと原子力)が世界の発電に占める割合は2025年の42%から2030年に50%へ上がる見通しだ。

制約は別のところにあった。系統である。同報告書によれば、世界で2,500GWを超えるプロジェクトが接続待ちで滞留している。再エネや蓄電池だけでなく、データセンターのような大口需要も含まれる。同報告書は、2030年までの需要を賄うには系統投資を現在の年約4,000億ドルから5割程度増やす必要があるとしている。発電できるのに繋げない、使いたいのに繋げない、という詰まり方だ。国内でも、2026年3月に公表された需給見通しでは、厳しい気象を想定した2026年度夏季について、東京エリア8月の予備率が最小予備率時で2.4%と、評価基準の3%を下回っていた。ただし同じ資料は、一般送配電事業者によるkW公募を見込めば3%を上回る見通しとも書いている(見通しはその後も更新されるため、現在の需給状況を示すものではない。出典はテーマページの参考資料にまとめた)。都市部では受電容量の確保と系統への接続が論点になりつつある。

さらに、足りる・足りないは発電量だけでは測れないことも分かった。2025年4月にイベリア半島で起きた大規模停電は、電力量の不足ではなく、電圧の大きな変動や無効電力の吸収余力の不足など複数の要因が重なり、過電圧が発電の連鎖的な脱落を招いたものとして調査がまとめられている。量が足りていても、系統が持ちこたえられなければ停電は起こる。

いちばんの収穫は、昨日の自分の書き方を直したくなったことだった。「2030年でもデータセンターは世界の電力の3%弱」というのは総量の話だ。ところが系統は総量で運用されていない。同じ数字が、立地の話にした瞬間に誤差ではなくなる。昨日は「全体から見れば誤差だ」という語り方も同じ資料から切り出せてしまう、と書いた。供給側を並べてみると、その語り方が成立しない場面のほうが実務では先に来ると分かった。というわけで、テーマページ「AIと電力 ── 使う側から考える」に「供給側はどうなっているのか」の節を足した。

もうひとつ、論点が増えた。供給の制約が系統にあるなら、「いつ・どこで使うか」を動かせることの価値が上がるはずだ。需要をずらす、場所を選ぶ──これは設計の話に近い。ただし一人法人が扱える規模のテーマなのかは見えていないので、決めずに置いておく。一日調べて、答えより問いのほうが増えた。悪くない。

個人のGXアクション「デコ活」を、暮らしでやってみることにした

これまでは会社の排出量の話だった。今回は個人の側。GXの動向を追うなかで、個人に向けたアクションとして環境省の国民運動「デコ活」を知った。正式には「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」。断熱住宅、エコグッズ、食べ残しゼロ、テレワーク──暮らしの中の行動が「デコ活アクション」として一覧に整理され、国・自治体・企業が連携して個人の行動変容を後押しする枠組みだ。

一覧を眺めて気づいたのは、事業者向けのGXと骨格が同じに見えることだ。排出量取引のような制度は「測る・報告する」から始まるが、個人のデコ活も、まず自分の暮らしのどこに排出があるかを知り、行動に対応づけて、続ける──先日の概算実験でたどった「前工程」と同じ順番をしている。規模が違うだけで、やることは変わらない。

そして一人法人には、個人と会社の境目がほとんどない。当社の排出はほぼすべてScope3で、社用車も自社契約の電気もない。代表個人の暮らし方が変われば、会社の排出構造も変わる。個人のデコ活がそのまま会社のGXの一部になる──これは一人法人ならではの面白さだと思う。

一覧と自分の暮らしを照らし合わせると、すでに「デコ活になっていた」行動がひとつ見つかった。移動だ。環境省はエコな移動を「スマートムーブ」と呼び、公共交通や自転車、シェアサイクルの利用を挙げている。都内の移動はほとんど電車だが、乗り換えを挟む数キロの区間だけは、前からシェアサイクルに置き換えている。

正直に言えば、理由は環境ではなかった。乗り換えがないぶん所要時間はむしろ短く、料金も電車と大きく変わらない。だから続いている。もっとも、電車はもともと1人あたりの排出が小さい乗り物なので、この置き換えの削減幅は大きくないはずだ。それでも、ここには学びがあった。行動が定着したのは「環境にいいから」ではなく「そのほうが速くて安いから」──先日のイベントで感じた、GXが我慢ではなく楽しさや利便の言葉で語られ始めているという変化は、気づけば自分の暮らしにも起きていた。

その移動は、いままた少し変わり始めている。新しいランニングシューズとコンプレッションパンツを買ったのをきっかけに、シェアサイクルに置き換えていた区間を、今度はランニングに置き換え始めた。道具を新調した楽しさが、いちばん排出の小さい移動──自分の足──を選ばせている。デコ活が「こだわる楽しさ」を掲げる意味が少し分かった気がする。電車からシェアサイクルへ、シェアサイクルからランニングへ。いきなり行動を変えなくてもいい。暮らしが徐々にエコな方へ動いていく、その感覚は思いのほか心持ちがいい。

棚卸しを続けると、ほかにも見つかった。好きなアーティストのトートバッグをエコバッグとして使い続けていたのは、デコ活の「コ」──こだわる楽しさ・エコグッズ──そのものだった。ごみの分別は自治体のルールに沿って元から続けている習慣だし、飲み物は牛乳ではなく豆乳を選んでいる。植物性ミルクは生産に伴う温室効果ガスが牛乳の3分の1程度とされ、これも買い物の中の小さな置き換えだ。逆に、食べていなかった朝ごはんをグラノーラに変えたのは、良い変化だがデコ活とは呼べない。何かをエコに置き換えたわけではないからだ。エコっぽく見えることと排出が減ることは別物──この線引きは、勘定科目を仕分ける対応表づくりに通じる感覚だった。

この「線引き」の気づきは、自分だけの困りごとではないはずだ。そこで課題の形に整理したうえで、棚卸しの判定をそのまま小さなツールにしてみた。始めた行動を自分の言葉で書くか一覧から選び、「以前はどうしていたか」と合わせると削減の方向かどうかの目安を返す「これってデコ活?判定」を、実験として公開した。事業者向けの前工程構想で肝になる「対応表づくり」の型を、個人の側でも試す実証を兼ねている。判定表にない行動は「まだありません」と返す──仕訳の概算で「対応表にない勘定科目」が見つかったのと同じで、その取りこぼしこそが表を育てる手がかりになるはずだ。

この調子で、アクション一覧から暮らしに当てはまるものを選んで、順に試してみる。何が無理なく続き、何が続かないのか。個人の行動変容の「続けにくさ」を体験として知っておくことは、事業者向けの構想を考えるうえでも材料になるはずだ。試した結果や気づきは、このページに追記していく。

事業になるかはまだ分からない。ただ、事業者の算定も個人の暮らしも「測る・整理する・続ける」でつながっている。その地図を、今度は自分の暮らしで確かめてみる。

AIの電力の話を、避けずに書いておく

暮らしの棚卸しをしていて、ふと足元に目が向いた。当社の実務でいちばん頼っている道具は生成AIだ。その電力は自分の部屋のコンセントではなく、どこかのデータセンターで使われている。GXを次の軸の候補に掲げておきながら、そこだけ見ないのは筋が通らない。

公開情報を確かめた。国際エネルギー機関(IEA)が2025年4月に出した特別報告書『Energy and AI』によると、世界のデータセンターの電力消費は2024年で約415TWh、世界全体の約1.5%。これが2030年には約945TWh、3%弱まで倍増する見通しだという(ベースケース)。年率にすると約15%で、他部門を合計した電力消費の伸びの4倍を超える速さ。牽引しているのはAI向けの高性能サーバーで、こちらは年率約30%と見込まれている。

数字を眺めて最初に思ったのは、同じ資料から正反対の語り方が両方切り出せてしまう、ということだった。「倍増する」と書けば脅威の話になり、「2030年でも3%弱」と書けば些細な話になる。どちらも嘘ではない。

日本の数字も見た。同報告書では、日本のデータセンターの電力消費は2024年から2030年にかけて約15TWh(80%)増えると見込まれている。一人あたりでは2030年に約270kWhで、欧州や中国を上回る。同報告書のベースケースでは、施設全体の消費電力をIT機器の消費電力で割った指標(PUE)の世界平均も1.41から1.29へ改善する見込みだという。ここでも、まず測ることから始まっていた。先日の概算実験でたどった順番と同じだ。対象が会社の排出でも施設の電力効率でも、最初に立ちはだかるのは「そのデータはどこにあるのか」になる。

減らす側の話もある。同じ報告書は、既存のAI応用が各分野に広く普及した場合、2035年に14億トンのCO2削減につながりうると試算している。データセンターの排出のベースケースの約5倍にあたるという。削減側の桁のほうが大きい。ただし同じ資料には、その14億トンも2035年のエネルギー部門の総排出の4%程度にとどまること、そして、その普及を確実にする勢いは現時点では存在しないことも書かれている。増える分はインフラ投資として着実に積み上がり、減る分は「普及すれば」という仮定の上にある。この非対称性は、都合よく読み飛ばしたくないところだ。

ここでも、デコ活の棚卸しで身についた線引きが効いた。エコっぽく見えることと、実際に排出が減ることは別物だという感覚だ。AIを使って何かが速くなったとして、それは移動や手戻りを実際に置き換えたのか、それとも処理の量が増えただけなのか。置き換え元を問わない削減の話は、暮らしでも事業でも成立しない。

自社に引き寄せると、宿題がひとつ増えた。AIやクラウドの利用は、当社にとってはScope3──買っているもの由来の排出になる。すると仕訳ベースの概算では──サンプル原単位のプロトタイプでの話だが──「支払額×原単位」という形でしか乗ってこない。実際に使った計算資源とも、その電源構成とも結びつかない。金額が増えれば排出も増えたことになり、効率が改善しても数字は動かない。粗い概算の割り切りとしては妥当でも、AI利用が費用の中で存在感を増していくなら、このままでいいのかは考えておきたい。

誤解のないように書いておくと、「使うのをやめる」を答えにするつもりはない。上流工程の検討の速度と質に効いている実感があるからだ。減らす余地があるとすれば、無駄な試行錯誤の回数のほうだろう──もっともこれは仮説で、まだ検証していない。分かったことと分からなかったことを並べて、テーマページ「AIと電力 ── 使う側から考える」に切り出した。都合の悪い側の話ほど、日付をつけて残しておきたい。

自社の仕訳データで、排出量の概算を一周してみた

GX構想の実験として公開したプロトタイプ「排出量ざっくり概算」に、自社の仕訳データ(会計ソフトから書き出した12ヶ月分・約550行)を通してみた。読み込みから概算まで、想定どおりブラウザの中だけで完結した。

分かったことが2つある。ひとつは、当社の排出はほぼすべてScope3──購入した製品・サービス由来──になるということ。社用車も自社契約の電気もない一人法人では、Scope1・2は実質ゼロで、オフィスサービスの利用料や外注費といった「買っているもの」が排出のほぼすべてを占める。数字そのものはサンプル原単位による参考値なので書かないが、構造はどの一人法人・小さな会社でも大きくは変わらないはずだ。

もうひとつは、最初の実行で10を超える勘定科目が「対応表にない」に落ちたこと。研修費のように集計へ足すべきもの、役員報酬や税金のように外すべきものを一つずつ判断して対応表を直し、もう一度回す──この一周が、構想ページに書いた「対応表づくりがいちばんの肝」の実物だった。仮説が体験に変わった感覚がある。

では、これは誰の役に立つのか。まず、取引先から排出量の報告を求められて「何から始めれば」と手が止まっている会社。当社の場合、どの費目が大きいか・どの科目の扱いを決める必要があるかの当たりが、会計データだけで数分でつかめた。データを社外に送らないつくりなので、経理の担当者が稟議を待たずに試しやすいはずだ。ツールを選ぶ前に自社の地図を持てること──それがこの小さな実験の提供価値だと考えている。そして当社にとっては、科目と排出分類の対応づけの型が、繰り返し使える資産として貯まっていく。

次は、原単位をサンプル値から公的なデータベースの実数値に置き換えて、参考値を「使える概算」に近づけたい。データベースの利用条件の確認から始める。

地味な取り組みだと思う。ただ、社会の当たり前になったものは、たいてい地味な仕組みから始まっている。帳簿も、電子申告も、誰かが「データを集めて、整理して、仕組みにする」を続けた先で、いつの間にか誰も意識しない前提になった。排出量のデータが請求書と同じように取引の間を流れる──何年か後に、それが当たり前の概念になっているといい。そのとき「先駆けのひとつだった」と言えるかどうかを決めるのは、宣言ではなく日付だ。だから、この記録を続けていく。

「TOKYO GX ACTION MUSEUM」から、次の事業の軸を考え始めた

東京ビッグサイトで開かれた体験型GXイベント「TOKYO GX ACTION MUSEUM」に足を運んだ。脱炭素やエネルギーをテーマにした展示や体験が並び、GXが特別な誰かの話ではなく、生活や事業のすぐ隣まで来ていることを肌で感じた。

同じ週末、有明の市街地コースでは電気自動車レース「フォーミュラE」の東京大会が行われ、ビッグサイトの東側ではそのファンフェスティバルが同時に開かれていた。レースの熱気とGXの展示が地続きになっている光景は象徴的だった。GXは「我慢や規制」ではなく、「楽しさ」や「競争」の言葉で語られ始めていると感じた。

民間企業の展示も、GXがすでに事業として動いていることを伝えていた。走行中に太陽光で補電するマイクロモビリティの試乗。遊びながら学べる環境配慮型パッケージの展示。素材の会社からモビリティのスタートアップまで、各社が自社の技術を「体験」に翻訳して見せていた。その裏側にはおそらく、効果を測り、データを集め、算定して示す仕組みがある。

では、一人法人である自社に何ができるか。排出量の算定や可視化といった「データを集め、整理し、仕組みにする」仕事は、当社が専門としてきた要件定義・設計と同じ構造をしているのではないか──会場を歩きながら立てた仮説だ。まずは自社を題材に、事業活動に伴う排出量の算定を小さく試してみるつもりだ。

帰ってから少し調べた。サステナビリティ開示の新しい基準が2027年から大手企業に段階的に適用されていき、その波はやがて取引先の中小企業にも「排出量のデータを出してほしい」という形で届くと言われている。一方で、東京都が中小企業向けに可視化ツールを初年度無料で提供する支援を始めるなど、「算定すること」自体の道具や支援は揃いつつある。それでも残るのは、どのデータがどこにあり、誰が・いつ・どう集めるかという前工程の整理──ここは要件定義の仕事そのものに見える。仮説は少し確信に近づいた。

接点の作り方も考えた。売り込みから入るのではなく、まず宣言どおり自社の算定を試して過程をここで公開する。共同主催しているエンジニアコミュニティで、GXをテーマにした回を開くことも考えている。縁のあるところで小さく始める──一人法人の進み方は、それでいいと思っている。

考えたのはGXのことだけではない。新規事業の軸をどこに置くか。市場や流行から入るのではなく、代表個人のパーソナリティから発想してみたい。一人法人にとって、会社の軸は代表の軸そのものだからだ。

思い浮かぶキーワードはいくつかある。縁の深い和歌山──和歌山市、海南市、橋本市。親しんできた野球。学生時代を過ごした大阪・枚方と、母校の大阪工業大学 情報科学部。どれも、いまの自分をかたちづくってきた場所や営みだ。すぐに事業になるわけではない。ただ、縁のある地域の中小企業へのIT支援、スポーツの現場のデジタル化、母校や学生との接点づくりなど、要件定義・設計と掛け合わせる余地はありそうだ。

まだ具体的な構想はない。それでも軸を言葉にして残しておけば、ご縁が生まれたときにすぐ動ける。「ご縁」と「共創」を社名に掲げる会社として、自分のルーツから伸びる縁を大切にしながら、考えの過程ごとこのページに残していく。