二つの極端は、同じ作り方をしている
電力の話を一通り調べ、数字も一次資料に当たり直したあとも、ずっと引っかかっていたことがある。AIを使いこなしたいならいまは使うのを控えるべきだ、電力が足りていないのだから──そうした趣旨の言い方を、ときどき見かける(特定の個人や投稿を指すものではなく、複数見かける言い回しを筆者の言葉でまとめたものです)。
前提のほうは、まったくの的外れではない。局所的には余裕の薄い断面が実在するからだ。東京エリアの夏の予備率(2026年3月時点で公表された見通しでは、断面によっては評価基準の3%を下回る。ただし同じ資料は、kW公募を見込めば3%を上回る見通しとも記している。前提と出典はテーマページに記した)、世界で2,500GWを超えるとされる系統接続の待ち行列。逼迫や詰まりは実在する。引っかかるのは、そこから「使うな」が出てくるところだ。制約が系統と立地にあるなら、個人が一回我慢しても接続待ちの列は進まないし、真夏のピークも動かない。処方箋が病名に対応していない。
それにこの形の議論は──前述のとおり筆者による要約ですが──目的と理由が別の軸に乗っているように見える。習熟は、実際に使いながらでないと身につきにくい。電力を理由にするなら、そこから出てくる結論は「使うな」ではなく「無駄な使い方を減らす」のほうではないか。少なくとも電力の議論としては、理由と結論がつながっていないように感じた。
ただし、ここで「だから心配ない」と言い返したくなるのを、ぐっとこらえた。それをやると同じ間違いを鏡写しでやることになる。条件つきの数字から条件を外す、という操作は同じで、向きが逆なだけだ。実際、「AIが電力を食い尽くす」も「全体から見れば誤差だ」も、同じ資料から切り出せてしまう。自分でそう書いておきながら、都合のいいほうに乗るわけにはいかない。
では何を物差しにするか。制約が「総量」にあるのか「場所と時間」にあるのかを先に見分けること。そのうえで、使う・使わないの二択ではなく「何を置き換えたか」で見ること。置き換え元を問う、というデコ活の線引きがそのまま使えた。症状ではなく制約条件を先に特定するというのは、要件定義で最初にやることでもある。
この整理を「AIと電力」に「二つの極端の、どちらにも乗らない」という節として足した。あわせて、供給側や都市の暑さを書き足したのにページ冒頭がそれを予告していなかったので、導入も直した。いまのところ一番正直な言い方は、「電気が枯渇する心配」ではなく「間に合うかどうかの心配」だ、というあたりだと思っている。